2005年01月06日

収入と仲間や友人について

給料は仕事の対価というより組織に所属して役割を演じ、会社の拘束時間内は決められたルールに従って行動したり、サボったりすることで得られる対価で学校も会社もその点では変わりない。学校は対価と言うより教育だが学校を卒業すると教育は物凄く費用の掛かるものだと分かるので教育もお金も同等に価値が高いものだ。学校と会社とが違うところも多々ある。会社等で働くみんながお金を持った経済的に自立した人間で組織に所属しながらも一方で自由な大人である、ということ。私も自由と経済的自立が欲しい。その実現のためになら恥を掻いても構わないし、恥を捨てることで収入を頂けるのだったら積極的に恥じを掻きたい。今後一生、他人や異性との係わり合いがなくても、ひきこもり生活でも構わないので、健康であることと収入はなにがなんでも欲しいし私が人間として存在するためにアイデンティティーとして必要だ。

でも他人と積極的に係わりを持ち友達関係を結びたいとも希求する。それには分かりやすい理由もある。一日中眠くて何もやる気がしないから。私と同じ社会的ひきこもりの他人でいいのでロールモデルが欲しい。私は全知全能ではないので、知らないことや常識に欠けることも多い。が同じ社会的ひきこもりでも私には気遅れして出来なくて、同じ境遇だと思われる他人がためらいなく行動に出られる場面も多々ある気がする。他人に学べることは多い。それも教育と呼べるものだ。
posted by neetblog at 14:23| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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